東京地方裁判所 昭和47年(ワ)3137号 判決 1974年4月10日
原告 末石三正
被告 株式会社富士アイス
主文
一 被告は原告に対し金一、〇〇〇万円及びこれに対する昭和四七年一月一〇日から支払済みまで、年六分の割合による金員を支払え。
二 原告その余の請求は棄却する。
三 訴訟費用は三分しその一を被告の負担、その余を原告の負担とする。
四 この判決は原告勝訴部分につき仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告に対し金三四、九七三、一六三円及びこれに対する昭和四六年九月一日から完済まで年六分の金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 被告会社は昭和四〇年八月二一日東京地方裁判所により会社更生手続開始決定がなされ、同日更生管財人に訴外瀬崎憲三郎が選任された。
2 原告は会社の経営に関しコンサルタントを業とするものであるが、訴外瀬崎憲三郎は右管財人受任に当り、原告に対し、同訴外人の補助者として右更生事務の処理をなすことを委託し、原告はこれを承諾した。
3 右委任契約には報酬について次のような約定がある。
(一) 被告会社は原告に対し更生手続終結の日に次の金額を支払う(但し、更生不成功の場合は半額とする。)
(1) 被告会社の債務総額の内、一〇億円未満分について三%、一〇億以上の分について一%の金額
(2) 会社債務が減免され、営業利益が生じた場合、債務減免額の一%の金額及び増加営業利益の一〇%の金額
(二) その間月々の手当として毎月金一〇万円
4 昭和四六年八月三一日右更生手続は終結した。
5 更生手続開始当時の被告会社の債務総額は九七五、〇三〇、七一六円を下らない。
6 右債務は四〇二、八〇六、四二二円まで減免された。
7 被告は会社であり、右委任契約は会社の営業のためにするものである。
よつて原告は被告に対し、請求原因3. 5. 6.によつて計算された報酬として、債務総額の三%と減免額の一%の合計金三四、九七三、一六三円及びこれに対する弁済期の翌日である昭和四六年九月一日から支払済まで、商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否
1 第1項、第4項は認める。
2 第2項は知らない。
3 第3項は否認する。
請求原因第3項に掲げる報酬契約は次の事実からしてあり得ないことである。
(一) 被告会社は、昭和四〇年九月以降、取締役に管財人から権限移譲がなされた昭和四三年六月まで、原告に対し報酬として月額金一一五、〇〇〇円を給与の名目で支払つていた。
(二) 同四三年九月頃管財人と被告会社常務取締役飯村義雄との間で前記権限移譲に伴う処置について話合がなされた時、飯村が原告に対する謝礼をどうしたらよいか尋ねたのに対し、管財人は次のように答えた。
「末石にいくらほしいと聞いたら、いらないということで金額が出てこない。あの男は金銭に淡白な男だから。しかし私としては末石には世話になつたから、あれにはくれてやりたい。」
(三) 昭和四三年六月管財人から取締役に権限移譲がなされてより昭和四六年九月三〇日裁判所によつて終結決定がなされるまで、原告から被告会社に対し原告の謝礼ないし報酬請求について何等の申出もなされなかつた。
そして、同四六年一〇月六日にはじめて原告は被告会社に管財人補佐としての退職金名下に金員支払の要求をなした。
その後も、原告は何回か被告会社を訪れたが、原告からは報酬について具体的な金額は遂に示されなかつたし、管財人あるいは原告によつて原告主張のような報酬契約がなされていることなど一度たりとも主張されたことはなかつた。
(四) 昭和四六年一一月四日、管財人と前記飯村義雄が更生手続終結に伴い解決すべき諸問題について話合つた際管財人は原告の報酬について三〇〇万円から四〇〇万円という案を出した。
三 被告の法律上の主張
管財人の補助者に要する費用は管財人の報酬中から支払われ又は管理費用として支出されるに止どまるものである。即ち、会社更生法は管財人代理や法律顧問の選任及び報酬につき明文をもつて規定しているにもかかわらず、それとは別に、管財人が、自からの職務の補助をせしめるため補助者を選任し、裁判所の許可をうけることなく自由に更生会社の負担となるべき報酬契約を締結することは、会社更生法の規定(特に、二八五条、二八七条等)に照らして許されない。況して原告主張の如き高額な報酬契約は、債権者の犠牲と第三者の協力によつて会社の維持更生が図られるべき会社更生手続について到底許されるものではない。
第三証拠<省略>
理由
一 請求原因第1、4項の事実は当事者間に争いがない。
証人瀬崎憲三郎の証言とこれによつて成立を認める甲第二号証の二、原告本人尋問の結果とこれによつて成立を認める甲第一号証によると、請求原因第2項の事実及び右委任契約成立の経緯として次の事実、すなわち、原告は経営コンサルタントを業としていたが、昭和三六年頃から倒産しかかつた企業の再建の仕事を引受けるようになり、その関係で、被告の会社更生申立に関しても、依頼されてその事務を処理したものであつたこと、瀬崎憲三郎は、事案の複雑性や会社経営の経験に乏しいこと等を理由に管財人の受任に当初難色を示したが、右のような原告から、会社経営指導及び管財業務の全般について補助者として協力する旨の約束を得たので、本件管財人を受任するに至つたことを認めることができる。
二 原告は右委任契約について請求原因第3項記載の如き内容の報酬契約(本件報酬契約と称す)がなされた旨主張し、前掲甲第一号証、同第二号証の二、証人瀬崎憲三郎、原告本人の各供述には、これに副う記載、供述が存するが、これらは、以下に述べる諸事情に照らして、速やかにその儘採用しかね、他に右主張を認めるに足る証拠はない。すなわち、
成立に争いのない甲第三号証、同乙第二号証、同第五〇ないし五七号証、証人飯村義雄の証言とこれによつて成立を認める乙第五八ないし六〇号証によると、被告の会社更生事件について、管財人瀬崎は、原告のほか井出三三郎、馬場崎義範も同様に補助者として委嘱して管財業務に当り、債権者の協力のほか、国際自動車株式会社の資金援助が大きな原因となつて、昭和四三年一月二四日更生計画認可決定がなされ、同年六月二一日管財人から新取締役に権限移譲が行われ、前記争いのないように昭和四六年八月三一日更生手続は終結したのであるが、右権限移譲後、管財人から新取締役に本件報酬契約の引継ぎがなされていないばかりでなく、被告の取締役と瀬崎或いは原告との間に原告に対する報酬について何度か話合いがなされているのに、その間瀬崎及び原告から本件報酬契約の存在は一度たりとも主張されなかつたのであつて、却つて、権限移譲後の昭和四三年六月二九日前記管財人補助者の一人である井出三三郎に対し謝礼として金二〇〇万円が瀬崎の指示により被告から支払われているのに関連して、同年九月頃被告の常務取締役飯村義雄が瀬崎に対し原告への謝礼はどのようにするか尋ねたところ、「原告は非常に金に淡白な男で、いくら寄越せとの金額も言わない。自分としては井出にそれだけのものをやつたのだから、原告にも当然やりたいと思つている。」との旨答えたに止まること、また更生手続終結後の昭和四六年一〇月六日原告は右飯村に対し管財人補佐としての退職金名下に報酬の支払を要求したが、その際も本件報酬契約のことは何ら主張されなかつたこと、そして飯村が同四六年一一月四日更生手続終結に伴い解決すべき諸問題について瀬崎にその意見を求めた際、原告ら補助者に対する報酬も問題の一つとして取上げられたが、これについて瀬崎は、原告について三〇〇万円ないし四〇〇万円、馬場崎について一〇〇万円の範囲内、井出については必要なしという意見を示し、原告関係で本件報酬契約の存在は何ら告知していないこと、一方、右補助者三名については、昭和四〇年九月から同四三年八月までの間、給与として、毎月、原告と井出に各一一万五〇〇〇円、馬場崎に七万五〇〇〇円が被告から支払われていることが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。
尤も、証人瀬崎及び原告本人は、原告が前記国際自動車から報酬として七〇〇〇万円程を貰える約束があつたから、本件報酬契約の存在を持出すまでもなかつたとする趣旨の供述をしているけれども、証人飯村の証言のほか、原告本人の供述自体によつても、右国際自動車との間の報酬約束なるものは、その内容が極めて曖昧なものであり、かつ、その数額も不確定なものであつたと認められる上、国際自動車がその支払をなさない虞れが看取できる状況にあつたにもかかわらず、原告や瀬崎は本件報酬契約の存在を主張していないことが認められるのである。
更に、本件報酬契約の内容としての算定規準について、証人瀬崎は、原告から口頭で説明を受け、後に内容証明郵便で通知を受けた旨供述し、原告本人は、メモに書いて瀬崎に渡した旨供述していて、その間喰い違いがある上、原告本人尋問の結果によれば、前記昭和四六年一〇月六日飯村に報酬の支払を求めて同人と話合つた際のことについて、「本来は私は管財人に話をすべきだろうと思うけれども、管財人は老令でもあるし、国際自動車のほうでくれるということなんで、国際に行つてもいいんだが、どこに話を持込んだらいいんだ、ということを言いました。」と述べ、右話合いに基づいて数回折衝している間にその経過を瀬崎に報告した際の瀬崎からの話として、「瀬崎先生は、自分の責任の問題だけれども、七〇〇〇万円については……国際が払うと言つた事実はあるんだし、自分も事実を確認しているから、それは一つ国際のほうと話を進めてくれ、……なかなかすぐ払つてくれないだろう(と)、自分としては若干のものをさしあたり富士アイスから払わせる(と)、そして末石君、納得がいかなければ、自分の報酬もあるだろうから、そういう報酬も全部とつてくれ(と)、………あと国際との話合いのものを国際と話合つてくれ(と)、こういう話があつたのです。」と述べていて、本件報酬契約が結んであることを前提とすると、納得できないものを含む供述をしているのである。
以上の諸事情によると、前記のような原告主張に副う供述や記載をその儘採用すべきかどうかについては多分に疑問を免れないのであつて、いずれともこれを決し難いと言うほかない。
三 右のように原告主張の内容による報酬契約が明確に締結されたことについては立証がつかないのであるが、前記一に認定した本件委任契約締結の事情、殊に、原告が業として経営コンサルタントをなすものであることによれば、本件委任契約については、相当の報酬を支払う旨の黙示の合意が存したものと認めるを相当とする。
そして、前掲甲第一号証、同第二号証の二、証人瀬崎及び原告本人の各供述によれば、原告は管財人瀬崎の補助者として、前記権限移譲のときまで、被告の更生事務に尽力し、これについて功績のあつたことを認めることができる。この事実と前記の月々の給与支払の事実並びに管財人の月額報酬が権限移譲まで一五万円、その後は一〇万円であつたこと、更生計画による減免受益分は約五億七〇〇〇万円であることなど本件記録に顕われた諸般の事情のほか、和解の場での被告の意見等を参酌すると、その報酬額は金一〇〇〇万円(管財人なみとして四〇〇万円、原告の職業等を考慮して、減免受益分の約一%の六〇〇万円の合計)を相当と認める。
ところで、
更生管財人が経営コンサルタントを補助者として委任して、更生会社の負担に帰する報酬支払を約することも、特に制限されない限り、許されるところであつて、その報酬債権は共益債権(法二〇八条二号又は五号)に属するものと解され、これに反する被告の主張は採用できない。そして右債権は会社の営業のために生じたものと言うを妨げない。
従つて、被告は原告に対し右報酬を支払う義務があり、前掲甲第三号証によれば、これにつき被告は遅くも昭和四七年一月九日請求到達により同月一〇日遅滞に陥つたものと認めるを相当とする。
四 よつて原告の請求は、主文第一項に掲げる限度で理由があるから、その限度でこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、民訴法八九条、九二条、一九六条を適用の上、主文のとおり判決する。
(裁判官 田中永司)